ヤシャ遺跡 2

湖の後に向かったのは、密林から頭を出していた神殿


水資源に恵まれない密林で繁栄した、という都市国家が多いマヤですが
それらとは全く異なり、美しい湖のあるヤシャ

ここの建造物にはティカル独自の形式が見られるため、
「ティカルから流れてきた一族が作り上げた」など
ヤシャはティカルと関係の深い都市国家だったのではないかとのこと。

 

大都市として栄えたティカル、

「燃料調達、焼畑農法による森林伐採でティカルの土地はやせ衰えてしまった。
マヤでは、国家間の争いもルールを持った戦いでなされていたけれど、
収穫量も減り人口も集中、食糧難に陥ったティカルは、
ルールもモラルもない戦いや強奪・侵略を始めて、衰退していった」

という説がある。

 

ヤシャが存在していたのは、ティカルが衰退した後らしい。

もしもそれらが本当だったら、
滅んだティカルからここに流れてきた人々は
どんな未来を見て、この都市を築いていったんだろうと思う。

「赤い手」の神殿から見たヤシャ湖

 

ヤシャというマヤの言葉は「緑(=ヒスイ色)の水」という意味。
当時神殿などの建造物は、朱色の極彩色で塗られていたとのこと。

ヒスイの緑と朱色、日本などアジアでも馴染みのある色が、ここにもあったんですね。

 

ここから見た夕日

 

沈んでいく夕日を見ていたら
太陽と雲の奇跡で、しばらく空にくっきり大きな三角形

ピラミッド!!!

 


暗くなって歩きづらくなってしまう前に行こう、と
はっとして慌てて出口に向かい
神殿の奥で真っピンクに染まっていく空を、下から眺めました。

 


その後も次の日も、ずっと余韻を残した
不思議な一日でした。

 

 

 

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